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愛無き行為

もうXX歳だよ。そろそろ人生投げようよ。

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留め置く

 変化のない日々は続いていた。何時しかそれは日常となっている事に唯野は気付いた。
 言動、情緒ともに不安定な一つ年上の同級生の世話をするなどということ今まで一度もなかったことなのに、それが当然で、まるで学生時代が始まってからずっとやってきた事のように思えた。
 慣れの恐ろしさを感じながら三時限目の休み時間に図書室へ導かれていく宮広の背中を追いかけていく。
 図書室には予想外に大勢の生徒がいた。どうやら全員一年であるらしく、ノートや教科書を持っていた。
 教師が生徒に調べ物をやらせたい場合、図書室で授業を行うことが間々ある。
 五階の突き当たりにある図書室を積極的に利用する一年はあまりいない。二階から五階へ上がるのも億劫だろうし、途中で二年や三年のクラスのある三、四階を通るのも気後れするものがあるからだ。
 この高校の図書室は立派な方だと唯野は思っていた。少なくとも中学の時の申し訳程度に本棚が壁に並べられて、実際は生徒会やその他の集会に利用されているだけだった図書室とは雲泥の差がある。今いる一年連中もそうだったらしく、上記の理由で図書室に足を運んだ事が無いような生徒も興味深げに本棚を見て回っていた。
 どさ、と本が落ちる音がした。
 一つだけならそれ以上の関心は引かないだろう、だけれど続けざまに落下音が室内に響いた。
 ざわついていた一年が静かになり、音源の方を見る。
 宮広が本棚から本を引き抜いて落としていた。
 似たような光景を見た事がある。
 スーパーでお菓子をねだって買ってもらえなかった子供が陳列されている商品を掴んでフロアに放り出すというあれだ、駄々だ。
 唯野は微かに嘆息すると、宮広に寄っていた。
「なにしてるんですか」
 やや怒気を孕んだ強い口調で宮広に詰め寄っている一年の女子が居た。眼鏡をかけている、真面目そうな子だった。
 宮広はそれに対して何の反応も示さない。宮広は、自身が何か行動を起こした時に、その行動を阻害されなければ反応しない。言葉は宮広を静止できるものではない。
「止めてください、ちゃんと元に戻してくださいよ」
 女子はいまだ本棚から本を引っ張り出す宮広の腕を掴んだ。
 自分の思い通り腕が動かないと宮広は暴れる。本棚の並ぶ図書室で突き飛ばされたりしたら酷い事故になりかねない。
 宮広は母音で何かしら呻くと腕を振り払った。
「ごめんね、大丈夫? 怪我してない?」
「……はい、なんなんですかこの人」
「なんでもないから。本、俺が戻すから大丈夫。ほんとごめんね」
 詳しい説明はせずに、とりあえず本の上下の向きだけ確認して適当に本棚へ戻していく。
 宮広は少し怯えた様子の女子を睨み付けるとまた駆け足で図書室を出て行った。図書室の扉を開けっ放しにして行ったので足音が響いて、それが更に上の階へ向かっていっているのが分かった。
 全ての本を本棚に戻し終えた唯野は最後にもう一度だけ女子を気遣う言葉を口にして屋上へ向かったであろう宮広の後を追った。

 四時限目のチャイムが校内に響いた。
 少し迷ったが、唯野は宮広の後を追って屋上へ向かった。
 宮広と一緒に唯野が授業に出ないという事は既に何度かあって、その場合、授業を欠席した理由はこちらから提示せずとも教師から言ってくる。またアイツがどっか行ったのか? はいそうです、と答えればそれ以上追求されない。宮広が校舎内から出ない事を教師たちは知らない。言ってないからだ。外に出て危険だから連れ戻しに手間取っていたという事にして授業をボイコットできる。だが、それで身勝手な行動が取れるわけではない。宮広は授業の途中から出席する事もあるので、見張っていないと世話をしていたわけではない事がばれてしまう。どうあがいても世話係からは脱却できない。
 屋上の扉はやはり開いていた。
 ノブを回したまま少し間を置く。
 休み時間の時の喧騒は一切聞こえない。微かに教師の声が聞こえるくらいだろうか。それで居て中にいる人間が減ったりしているわけではないのだ。恐ろしいほど抑圧された獣が閉じ込められている檻のようだった。自分は抜け出す事が出来る。屋上で叫ぶ事だってやろうと思えば出切る。
 優越感か安堵感かそういったものを感じつつドアを押した。
 風だけが抵抗してドアは開き、音が立たないようにゆっくりと閉じた。

 宮広は何時ものように座り込んでゲーム機をいじくっていた。
 手ぶらだったはずなのに何処に持っていたのか気になった。そういえばスカートにもポケットがあるんだったか。
 風が強かった。今日の日差しは強く暖かで、日陰に座ればちょうど良かった。
 宮広は相変わらずテトリスをやっている。口を半開きにして瞬きもしないので間抜けだった。暫く画面を眺めるが、見ているだけもいい加減飽きてきた。
 魔方陣に目をやる。
 黒と赤の二色だけの魔方陣は以前見た時よりも紋様は複雑になっている。まず円があり、その中に五芒星がある。
 うん? と唯野は屈み込んで更に詳しく観察した。五芒星の各頂点に何か塊がこびりついている。
「おいおい」
 今度は口に出して呟いた。
 それは蝋燭から溶け出したであろう蝋で、色は黒だ。
「本気で宗教染みて来たな」
 自分の身体に影が覆いかぶさったのに気が付いて唯野は慌てて後ろを振り向いた。
 宮広は見下ろすように、いや実際見下ろしているんだが、もっと精神的にもそうであるように唯野を見つめて背後に立っていた。
 宮広は無言だ、もちろん。意味の無い吃音以外こいつは喋る事はないのだから。
 動悸が早くなったのを感じたが、すぐに思い直した。ひまわり女相手に何をびびっているんだか。立ち上がる。何の問題も無くそれは実行され、視線は宮広より上になる。何も圧倒されていない、そう確認して唯野は、おそらく、安心した。
「なんだよ……またロケットか?」 
 ゲーム機の電源は入っているようだったが、オープニングの曲が流れていた。プレイ中の曲とクリア時の曲とオープニングの曲の三曲はもう覚えてしまった。唯一聞いたことが無いのがゲームオーバーの曲だった。宮広はゲームオーバーにならない。
「ぁいる?」
「は?」
 宮広は魔方陣を指差した。
 こいつが何を言ったのかはちゃんと聞き取れなかったが、魔方陣の中に入るかと聞いたらしかった。
 俺がこの魔方陣を調べていたから汚されまいとやってきたのか?
 宮広の表情は特に普段と変わった様子はない。特に怒っている訳ではないらしい。指差したまま、宮広は微動だにしない。風が髪とスカートをはためかせる。返事をしない限り動かないのだろうか。
「じゃあ入ってみるけど、いいんだよな? 土足で入るぞ?」
 宮広の顔は変わらず唯野を真正面に捕らえているが、目の焦点は彼には合っていない。
 馬鹿らしいとは思いつつも唯野は魔方陣の中に入った。土足で入ると言ったものの、一応は遠慮して小さく跳ぶと、まだ描かれていない中心部にたった。宮広が腕を下ろす。
 好奇心みたいなものはあった。
 唯野はなんとなく目を瞑った。耳から伝わってくる防ぎようの無い音の感覚も可能な限り無視する、と風が止んでそんな努力も必要なくなる。この偶然に魔力のような物へ多少信心を獲得しつつ、暫くそのままで、やがてゆっくりと目を開いた。
 ここは校舎の屋上だった。
 何処かのクラスで、何処にでも一人はいるクラスのお調子者が何か言ったのかクラス全体の笑い声が上がるのが少しだけ聞こえた。
 見渡す限りは数秒前と変わりは無いし、当然風も吹き始めた。その風に流されるように信心も無くなっていき、自分が何かを期待していた事を恥じた。
 宮広も目の前に居る。ほんの少し嬉しそうに見えた。
「何かを呼び出すのかと思ったけど入れって事は違う訳だ。ならてっきりワープするのかと思ったんだけどな」
 ふふ、と宮広は笑うと両手を振り回した。ひまわり女の茶番に付き合って喜ばせてしまっただけだったらしい。
 宮広は何時にもまして危なっかしい足取りで校内へ戻るドアへと向かっていった。多分スキップだったのだろう。
 いくのかよ。
 唯野は今度は遠慮せずに魔方陣を踏ん付けてドアへ向かった。風に流される前にドアノブを握り締める。誰かが廊下を出歩いているとも限らない。屋上はいまだにこの詰まらない学校において安息の地であることに変わりは無かった。校舎内に身を翻し、そっとドアを閉めた。宮広がドアが閉まったのを確認してカギをかける。こちらの事は考慮してくれているのだろう。
 何事も無かったかのように宮広は階段を下りて行く。唯野はその背中を見ながら動かずに居た。
 再び動悸が激しくなる。手に薄っすら汗をかいた。
 黒の絵の具を使った筆を綺麗な水に浸したときのように、もやもやとしたネガティブな感覚が広がっていく。
 不意に屋上に戻りたくなった。
 ドアノブを回しても当たり前だが開かない。
 宮広にかなり遅れて階段を下りて行く。

 あの魔方陣が何なのか分かったような気がした。
 セーブポイントなんだ。
 学校は果てしないダンジョンだ。

 しかし唯野はセーブの仕方など知らないし、仮にセーブできてもリロードする方法は分からない。
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  1. 2007/12/21(金) 01:10:35|
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屋上

 昼食を済ませると、時間を持て余すようになった。
 昼休み、唯野は以前は図書室に出入りしていたが、宮広の世話を言い渡されたときから、昼食後の余った時間を自分のために使うことが困難になっていた。
 宮広がひまわり女と呼ばれるようになったとき、唯野は宮広をそういった呼び方をしなくてはならないほど興味を持っていなかった。だからといって仲良く接したいと思っていたわけでもない。ただ、自分に関わりの無いところでどうにでもなってくれれば良いと思っていた。
 世話係を押し付けられてからは、宮広が何か危険な事をやらかしはしないかと休み時間は付いて回らないといけなかった。
 それで分かった事は、宮広は休み時間、校舎内から出ない。他の教室を覗くことはあるけど、中には入らない。トイレにしょっちゅう入っていくが、勿論女子トイレに入るので、流石に着いていく訳には行かない。だが用を足しているという風ではなくて、中に入って直ぐ出てくる。何かを、或いは誰かを探している風ではあるが、それが何なのか見当は付かない。何がしたいのか声をかけたりしたこともあったが、大抵はうわの空で、稀に遅れて返事をする。会話は成立不可能とまでは行かないが、宮広と会話する場合、あいつが興味を惹かれるような話題を持ち出さないといけない。ほぼ必ず返事をする問いかけを、世話係りになって暫くして唯野は身につけていた。

 生徒の半数は教室から出て行き、残った半数はグループになって話をしたり、一人の者は自宅から持ち込んできた本を読むなり、寝るなりしている。その中に宮広の姿は無い。
 唯野は昼食を取るのも一人だし、以前の図書室への出入りも一人だった。教室内でグループを作るのが学校の慣例だが、唯野は故意にそういった集団に属するのを回避していた。また、唯野には深い付き合いをしようと相手に思わせるだけの魅力が無い。それは自分自身気が付いている事ではあったが、必死になってそれを獲得しようとはしていない。元より厭世的で人付き合いが好きではないため、人に寄り添うのも頼られるのもわずらわしいと思っているためだ。
 唯野が図書室に出入りしていた理由は、静かだし話しかけられないからである。
 基本的に宮広を疎ましく思っている唯野だが、この無駄に長い昼休みを前より静かに過ごせるようにはしてもらった点は感謝している。

 それというのは、唯野が宮広の金魚の糞を続けて一ヶ月ほど経過したある日の昼休み、宮広は普段は行かなかった五階へ階段を上っていった。学校は一階が校長室や職員室があり、二階から四階までそれぞれ一年、二年、三年の教室があり、五階には視聴覚室や図書室など常時人が居るわけではない教室などがある。宮広は五階を素通りして更に階段を上り、屋上の扉の前まで行くと、スカートのポケットからカギを取り出し、あっさりと扉を開いた。言うまでも無い、普段はきちんと施錠されているのだ。
「……おい!」
 宮広があまりに平然と屋上へ出て行った事に呆然としながら、唯野は何とか声を出した。
 屋上への扉はゆっくりと閉められていく。それは多分、宮広が閉めたのではなくて、風によって押し戻されたのだろうけれど、唯野はなんだかそれっきり開かないような気がして、慌てて宮広の後を追って屋上へ出て行った。この頃はまだ風は少し冷たくて、替わったばかりの夏服では肌寒く感じられ、唯野は身震いした。
 なんだ、と唯野は言ったかもしれないが、それは無意識のうちに出た言葉だろう。屋上に手入れがしてあるなんて思っては居なかった。精々卒業する三年が記念写真を撮るときくらいに使う程度だろうから。だから、やっぱり手入れはしていなかった。だが。
 ペンキか何かだろうか。油性のマジックだろうか。屋上の中ほどに綺麗な円が描いてあった。そしてその中によく分からない模様が、円の中心を頂点として放射状に描いてある。それが何なのか理解するのに、唯野は一瞬を要した。
 それは魔方陣なのだ。
 花が描いてあるのならば、そう分かるだろう。鳥が描いてあるときも同じだ。そこに描いてあるものは、文字のように意味ありげに並んでいるが解読不能で、何かを模しているように見えて何にも見えない。だからそういった不可解や謎の詰まったものだから、これは魔方陣なのだろう。
「お前がやったのか、これ」
 相変わらず返事は無かったが、代わりに扉の閉まる音がした。
 唯野は暫くぼうっとしていたが、はっとして後ろを振り返った。こちらが気を取られている隙に、宮広が校舎内に戻って鍵を掛けないかを危惧したためだ。なにせずっと後ろを付いて回っていたのだ、邪魔に思われていても仕方が無い。それにひまわり女と呼ばれる言動の怪しい宮広ならば容易くそういうことを出来そうだと思った。なにをどうしたらどんな結果を及ぼすのか、そこまで思慮が回らないと。
 振り返った先にいた宮広は、平然と屋上の地べたに座って何かを操作しているようだった。
 唯野は何となく警戒しながら宮広へ近付いてみると、宮広が触っているのは携帯ゲーム機で、やっているのはテトリスだ。
 どんな手段で屋上の鍵を手に入れたのかは分からないが、そんな大それた事をしてやっているのがゲームか、と唯野は拍子抜けした。
「お前、俺が世話係りになる前はずっとこうしてたのか?」
「テトリス」
「いや、テトリスでもなんでも良いんだけど」
 思ったよりも随分早い返事に唯野は少し驚くと、屋上の中ほどを一瞥し、やはりまだ魔方陣があることを確認した。
「あれはお前が描いたのか?あれは。魔方陣?」
 今度は宮広は答えなかった。代わりに携帯ゲーム機を見せた。
「ロケット」
 唯野は無言で居たが、宮広は得意げに笑顔を見せた。
 宮広はゲームの話題なら喜んで返事をするらしい。そのときの収穫はそれだけで、結局あの魔方陣が何なのか訊く事はできなかった。

 それから唯野は昼休みに宮広の後ろを付いて回る必要は無くなった。その日以来、宮広は昼休みには必ず屋上に行くようになったし、屋上ではひたすらテトリスをやっている。
 気になるのは魔方陣だが、それは徐々に模様が付け足され、完成に近付いているようだった。だが、昼休み中に宮広がその魔方陣に何かしているところは見ないので、授業をボイコットしている時に作製しているのだろうと唯野は検討をつけた。
 宮広が屋上の鍵を持っている事は誰にも言わないで置いた。昼休み、下らない話題で喧しい校舎の中に居なくてはならないより、屋上はずっと快適だったし、もし教師に見つかったとしても、見つかった日に初めて知った事にして、宮広の様子がおかしいと思い(いつもの事だが)後を付いて行ったら屋上へ出て行ったので、自分は止めようとした、とでも言えばいい。
 屋上では宮広も大人しくゲームをしているし、たまに高得点を取ったときは画面を見せて喜んでいた。正直そのときだけは宮広をかわいいと思った。ルックスだけは良いんだ、こいつは。
 いつも通りそうしていると五時限目の予鈴が鳴り響いた。唯野は屋上を後にするが、宮広は五時限目に出席する気がなければそのまま屋上に留まる。たまに、このまま屋上に残ったら宮広は魔方陣を描き始めるのだろうかと唯野は思うが、やはり宮広、ひまわり女のためにそこまでしなくてはならないほどの興味は持っていなかった。

つづく
  1. 2006/03/07(火) 02:19:45|
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ひまわり女

 珍しい事に、宮広は二時限から四時限までの授業に出席した。
 傍から見ていると、明らかに何処かへ行きた気にそわそわと身を揺らしていたが、足は動いてくれないらしい。やはりこいつの脳は足を支配してないのだ。
 問題らしい問題は特に起こさなかった。授業に出席した宮広は大抵おとなしい。五月蝿くないということではなく、時折教室の半分には聞こえるだろう大きさで母音を吃語させるし、机やイスを無意味に動かしたりしたが、授業が進行できないほどの大事はやらない。無視できる程度だ。
 宮広は、唯野が二年に進級して少し経ってから復学してきた。具体的には知らされていないが、何かあって学校を長期休学していたらしい。宮広は本来三年に上がっているはずだったのだ。
 唯野と同じく進級した同じクラスの他の生徒達は、どうして宮広が休学していたのかに興味を持っていたが、すぐにその興味は理解と納得に変わった。
 宮広は学校に登校してもほとんど授業に出ないうえ、もし出席したとしても授業中には前述のような行動を取る。
 授業時間になっても学校内をうろついている宮広をとっ捕まえて、強制的に授業に出そうとすると、宮広は泣き喚き、暴れて逃げ出してしまう。
 会話も成り立たない事が多く、話しかけてくることは無いに等しく、話しかけると頷いたりはするものの、きちんとした文章を喋ったところを見たことが無い。単語をちぐはぐにつなぎ合わせるため、相手に高い理解力と慣れを要する。
 幾度と無く宮広の親が学校に呼ばれたことがあったが、宮広の母親はついに、娘の事はもう放っておいてくれ、と言ったらしいという噂を耳にしたりした。
 その内にクラスの誰かが口にした。なんであいつは自分達と同じクラスに居るんだ?だって、あいつはまるで──。ひまわり学級にでも入れとけばいいだろうに。
 それから宮広は、彼女を指し示す隠喩としてひまわり女と呼ばれるようになった。それは彼女の耳に入るような位置でも平気で口にされることが多いので、隠喩というのは正しくないかもしれないが、広まる当初はそうだったのだ。そして、唯野。唯野はそのひまわり女の世話をしなくてはいけない立場にある。
要するに宮広、ひまわり女となるだけ接触したくないと考えた教師や生徒達がある事を提案した。宮広さんはいつもふらふらしてて危ないので、彼女が怪我をしないように保険委員が付き添っていた方が良いのではないでしょうか。唯野は保険委員だった。別に望んでなったわけではないが、まさか任命された時にはこんな役回りを押し付けられるなんて想像もしていなかったのだ。しかも同じ電車に乗って登校している事が追い討ちになり、もし本当に宮広が、言動のいかれているひまわり女が、怪我をするかさせるかしたとしたら、安心して唯野の監督不十分を理由にすれば良い。そうして唯野を除くクラスは、ひまわり女をつつけば何かしら反応するおもちゃとして手に入れ、その管理は放棄して、元の平穏な学生生活を手に入れた。恐らく後の話しの種にも出来るのだろう。高校のとき、ひまわり女って変な女がいてさぁ。それを考えると腹が立ったが、抵抗する手段も無く、唯野はひまわり女のお守りにされた。そして先の箕浦のように、ひまわり女を彼女だと言われて冷やかされたりする。冗談じゃない。お前らが代わりにあいつの世話をしてみろ。胸中で吐き捨てるが、口には出さずに不満げな視線を送るばかりだった。
 どう足掻いてもこの立場から逃れる手段は無さそうで、三年になって保険委員を降りるしかないらしい。あるいは明日いきなり、あのひまわり女。あれが再び休学でもしてくれない限り。

 つづく
  1. 2006/02/23(木) 04:23:45|
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垣根

 ホームルームは勿論、一時限目も宮広は現れなかった。
 起立、気を付け、礼。
 号令は言葉以上の感情を持たずに、生徒達はただ頭を下げた。教師も教師でそそくさと教室から退散する。授業終了の儀式は弛緩していた。
 まず最初にイスが床に擦られる音がして、次にあちこちで会話が発生し、やがて教室は喧騒に包まれる。
 喧騒、そうだ、喧騒だ。
 どれも唯野に関係しない。必要な声はどこにも無いのだから、それは無意味な喧騒だ。
 知りもしない芸能人がどうだとか、見ても居ないドラマがどうだとか、興味の無いスポーツがどうだとか。教室内に響き渡る声の一つ一つが耳障りなノイズのようにしか聞こえない。雨音なら良い、誰が聞いても雨音にしかならないからだ。
 お前ら、お前ら、どうして自分が何一つも関与していない事にそんなに熱中して喋っていられるんだ。そんな事を幾ら口にしたところで、お前らがどう変わるっていうんだ。何の実りも無い事だ。どうせなら、人の言葉でないものを使ってやってくれ。
 唯野は机の上に両腕を組して、その中に頭を伏せた。
 これは垣根だ、と思う。
 この腕は無意味な言葉のノイズを飛び交わせる教室の中で自分を保護してくれている。垣根。与えられる物に容易にかまけるその他大勢と自分を区別する為の。
 そんな事を思っていた時に、肩に手を掛けられて上半身を揺さ振られたのを酷く不快に感じたのは、自分自身の言葉に陶酔していたからだろう。
 顔を上げると、揺すっていたのは箕浦だった。唯野の一つ左前の席の生徒だ。ニキビ面で外見的に魅力のある男ではなかったが、明るい性格で友達を作るのは上手い奴だった。
 箕浦は癖のあるテノールで、可笑しげに告げる。
「唯野、彼女が来たぜ。重役だからな、他のクラスの見回りでもしてたんだろ」
 唯野が顔を上げると、前の扉から宮広が、相変わらずふらふらと教室の中へ迷い込んできているのが見えた。あいつの足には意思がないのだ。望んでここへ来たのではないと思う。気付いたら自分の教室だっただけだろう。
 宮広は他の生徒から、当人と話すとき以外、その名で呼ばれない。だから唯野は、箕浦が自分に対して宮広の事を彼女と呼んだのが気に入らなかった。箕浦は唯野に対して、宮広を彼の女だと言ったのだ。
 二時限目の始まりを告げるチャイムが鳴る。次は数学だったが、教師は来ていない。
 宮広が唯野の隣の席に付く。箕浦は唯野の背中を軽く叩くと自分の席に戻って行った。
 唯野は何食わぬ顔で授業を受けようとしているらしい宮広を一瞥すると、胸中で、教室内の誰もが宮広に差し向ける言葉を唱えた。

 つづく
  1. 2006/02/14(火) 04:29:16|
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 遅刻寸前に教室に入ったというのに、席はあまり埋まっていなかった。
 単に着席している生徒が少ないというのもあるが、他の教室に出入りしている人間も多い。ホームルームが始まる直前に戻ってくるのだ。唯野よりも先を行っていたはずなのに、宮広の姿は見当たらない。宮広は他のクラスに行ったりはしない。あいつが何かするのに、他人は必要ないようだった。あいつがいつも、何処で何をするのか。心当たりならニ、三あったけれど何の自慢にもならない。
 唯野は宮広の鞄を自分の席の隣の机に置いた。そこが宮広の席だからだ。
 宮広の鞄は、鞄というもの以上の重さはあまり感じられなかった。教科書もノートも入っていないんじゃないかと思う。興味が無かったわけではないが、わざわざ覗こうと思ったことも無い。
 いや、もしかしたら、宮広の鞄を持ち歩いて不自然の無い、電車を降りてから登校するまでの途中に、絶対に他の誰にも見られないような時間か空間か、そんな人の目を気にする必要の無いところがあるのなら、覗くのかも知れない。
 要するに、宮広の何かに対して興味があってそうしているのだ、という、勘違い。それを他の生徒にされるのが酷く嫌だった。
 宮広は嫌悪の対象だ。
 クラスの内は勿論、同学年なら皆知っている。宮広の姿を見て不審な生徒が居ると思った他学年の生徒も多いだろう。
 その宮広に一番近い自分。
 いうまでも無い、宮広は嫌いだ。
 唯野は自分の席に付くと、自分の鞄から教科書類を取り出して机の中にしまい込んだ。
 国語。最低限、読み書きが出来れば問題ない。数学。因数分解や微分積分をひたすらし続ける職があるのか?
 それでも勉強をするのは、成績の上昇にカタルシスを得ているからでもなく、大学を選ぶためでもない。
 ろくに授業に出ない宮広ですら、赤点は取らない。唯野は精々平均点を取るくらいの凡才でしかないのだから、もし気を抜けば宮広と同じかそれ以下の点数を容易に取ってしまうだろう。宮広よりも下だというのがはっきりと数字として現れる事だけは避けたかった。それ以外のことで、まさか、まさか数字以外の目に見える何か──外見は除くが──で自分が宮広に劣るとは思えない。よって数字でも上回る必要はある。もし点数で負けてしまうと、宮広に対する嫌悪感が、もしかすると妬みに類するものだと思われるかもしれないし、自分でもそれを疑わなければいけなくなる。
 スピーカーから予鈴が鳴り響く。電気を通したそれは作り物の安っぽい感じがした。年季の入った壊れかけのそれは、本来振動させる必要の無いであろう大部分を震わせながら毎日懸命に安っぽい音を送り出している。多くの生徒がそれを邪険に思うことが多いのだから、少し哀れな感じはした。
 ホームルームが始まっても宮広は来ない。基本的に始まりのチャイムが鳴った時に居なければあいつはその時間をボイコットする。
 誰も気にしない。気付いてもいないのかもしれない。
 いや、気付いても忘れられるのだ。一瞬の事。
 宮広の存在は一瞬の価値しかない。
 ただ宮広の机だけ、本来その場に居るべき人物が存在するはずだった事を訴えていた。

 つづく
  1. 2006/02/11(土) 05:05:56|
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